誠実ということ
起業のコンプライアンスについて最近よく言われている。
起業の社会的責任について誠実に対応しているかどうかが問われている。
吉兆廃業のニュースもそういった社会の期待を裏切ってしまった例といえる。
社会はお互いに期待とそれに答えることで関係が保たれている。
見ず知らず同士なら、当然距離をとるという期待があってみんながそれに答えているから満員電車のぎゅうぎゅうづめも過ごすことができる。
それに答えられないと「変な人」となる。
親子や恋人同士ならその期待は特別なものになる。
何かをしてもらいたいとう要求する期待もあれば、いつもどおりという日常もまた期待だろう。仲が悪くなると、よく歯車が食い違うというけど期待通りでなくなったということかもしれない。
そうしてどんな人も人から期待されている。それが分かって、答えることができれば誠実な人となるのかもしれない。
少なくとも答えようという姿勢があれば「誠実な人」になれる気がする。
だから私は誠実が好きだ。これが人間関係の根幹にあるものだと信じたい。
さて、どこまで期待に答えられるかは別としてもその姿勢が大切だと思う。
その前に期待に答えてあげたいと思わせる人が減ってきたのも感じる。
みんなが自分のことしか考えなくなると、そんな人の期待に答えようとは思わないものだ。
みんなが誠実であれば世界は平和になるのだが・・・
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